黒の記憶 4
作:mi_min 作品の著作権はすべて書いた本人のものです。
 芳江の死に対して警察は、『多量のアルコール摂取の上での睡眠

薬自殺』と断定した。皆は納得していたようだったが、貴子は「芳

江はたしかお酒は飲めなかったはずなのに・・・」と疑問に思って

いた。

 貴子は持ち前の好奇心と想像力を駆使して、芳江の姉が死んだ当

時の事や、芳江の日常の生活ぶりや飯島との現在の付き合い方など

を時間が許す限り色々と聞きまわってあるいた。

 しかし何も目新しい事は聞きだせなかった。

 そろそろ聞きまわるのは止めようと思っていた矢先に、貴子の家

で泥棒騒ぎがあった。夜中に何者かが侵入しようとしたのである。

しかし父親が物音に気がついて大声を上げたお陰で、何も取られる

事なく泥棒は逃げてしまった。貴子はその泥棒騒ぎを会社で大げさ

に話しまわった。もう貴子の中には芳江の死も芳江の姉の事も、跡

形もなく消え去ってしまっていた。

 そんな中、今度は貴子が車に轢かれそうになった。大事に至らな

かったせいか、またまた貴子は会社で、さも自分は大事件の中心人

物であるかのように大げさに話しまわった。そしてそれから3日

たった仕事帰りに、今度はひき逃げにあって大怪我をしてしまっ

た。

一命は取り留めたものの、貴子は生涯足をひきずらなければならな

くなってしまった。さいわいにも他の通行人が、逃げていく車のナ

ンバーを覚えていてくれたおかげで、犯人はすぐに捕まった

そして、その犯人の名前を聞いて一番驚いたのは貴子であった。

 捕まったのは飯島であった。

            ……………………

 子供を死なせてしまった事で妻をどうしても許す事ができなかっ

た。

 家に帰れば妻の暗い顔を見せつけられ、会社では妻に良く似た芳

江の顔を見なければならない。どうにも心のやりばがなくなって、

当時一緒に働いていた同僚の妹と不倫関係になってしまった。それ

を知った妻は顔をあわせるたびに飯島を責め、飯島はそれが嫌でま

すます家に帰りたくなくなり、仕事にかこつけて会社で寝泊りする

日が多くなっていった。

 妻が死んだあの日、たまたま着替えを取りに家に帰った飯島は、

階段の下で倒れている妻を発見した。その時妻はただ貧血で気を

失っていただけだったが、とっさに「このまま死んでくれたら楽に

なる」という思いが頭をよぎった。

 我に返ったときには妻の手首を切っていて、後はもう夢中で自殺

に見えるように細工をしてこっそり裏口から抜け出し会社に戻っ

た。

 警察が自殺と断定してホッとしたのもつかの間、今度は芳江が妻

の死に疑問を持っていることを何度もほのめかしてきたうえに、子

供の世話をすると称して自分の家に上がりこんで、しかも会う度に

妻の服を着ていて、暗に自分を脅迫してきた。それがもう何年も続

いて、ずっと我慢をしていた。

 芳江が死んだあの日は、芳江の方から妻の13回忌の相談をした

いといってきて、最初は外で会う約束をしていた。しかし約束の時

間に都合がつかなくて、夜に芳江の部屋を訪ねることになった。

 芳江を殺そうと思ったのはその時である。お酒と睡眠薬を持って

行き、無理やりお酒を飲ませて動けなくなったところで、芳江に睡

眠薬を一瓶全部飲ませた。まだ意識があった芳江を布団に寝かせ、

抵抗された時に乱れた服や部屋をきちんとかたずけてから部屋を出

た。それも自殺で片がつくと思っていたのに、貴子がいろいろ調べ

まわっている事を知って、警告のつもり貴子の家に侵入しようとし

たり、貴子を車で轢こうとしたが失敗してしまった。そしたら、貴

子がさも事件の事を知っているような事を会社中に話しているのを

聞いて、このままでは妻の事も芳江の事も知られてしまうと思っ

て、轢き殺そうとした。

           …………………………

 これが飯島の供述であった。

 芳江が死んでから何年たったのであろうか。

 今でも貴子は黒い服を見る度に芳江が死んだときのことが思い出

された。それと同時に誰にも言えない恐怖が心の中に広がった。

 あれ以来、貴子の好奇心はすっかり影をひそめていた。それどこ

ろか何事にも臆病になってさえいた。飯島が逮捕されてからまもな

く、足の怪我のこともあってか貴子は会社を辞めた。そして家の中

に閉じこもるようになってしまった。それでも、世話をしてくれる

人がいて結婚もしたし子供も成長した。しかし、自分の好奇心のせ

いで起きた事故のときの恐怖は、いまでも貴子を捕らえて放さな

かった。そして芳江が死んだときのあの青白い顔も・・・・

「どうして黒い服なんて流行るのかしら・・・」

 貴子は心の中で舌打ちしながら、再び娘の洋服選びに戻って行っ

た。

             …END…

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