黒の記憶
作:mi_min 作品の著作権はすべて書いた本人のものです。
「またそんな色を欲しがる!

   若いんだからもっときれいな色の服を買いなさい」

「も〜〜っ! 若いから黒を着るの! 

   お母さんは古いんだから〜!」

久しぶりに娘の服を買いにデパートに出掛けてきた貴子は、娘が選

んだ服の色に文句をつけた。

 黒い服が流行りなのはわかっている。また娘が選んだ服が娘に良

く似合っているのもわかっていた。ただどうしても貴子は黒い服に

は我慢ができなかった。

 出席しなければならない葬儀は極力夫に行ってもらうようにして

たし、親戚の葬儀の時でさえ何かと理由をつけてその場から立ち

去る努力をしたものである。それほどまでに貴子は黒い服を着るの

を嫌がった。

娘が一生懸命に服を選んでいる側で、貴子はふと遠い昔の出来事を

思い出していた。

「やっぱり・・・」

 貴子は勝ち誇ったようにアゴをあげた。

 貴子は、高校を卒業してこの小さな町工場に勤めだしてからやっ

と二年目に入ったばかりの好奇心旺盛な女の子であった。どちらか

というと人の輪の中心にいたいほうで、貴子の好奇心はありとあら

ゆる方面に向けられていた。

 現にこの一年間の工場での出来事で、貴子の知らない事は何もな

かった。と言うよりは、例えネジ一本のささいなことでも貴子の耳

に入ると会社の一大事のごとく、大騒ぎになってしまうのである。

そんな貴子の今一番の関心ごとは、同僚の芳江にあった。

芳江は美人というほどではないが、ブスと言われるほどでもない。

控えめで落ち着いた物腰は誰もが好印象を持った。仕事はバカがつ

くほど真面目で、担当以外の仕事でも頼まれれば文句も言わずにこ

なしていた。貴子も入社したての頃には仕事を一通り教えてもらっ

たし、今ではやりたくない仕事を芳江に押し付けたり、遊びの為に

欠勤する時には、翌日まで残しておいても良い様な自分の仕事を芳

江にしてもらったりと、何かと芳江には世話になっていた。

 男性社員の間でも評判は決して悪くは無い。が、かといって恋愛

の対象としては考えてもらえない、俗に言う『良い人』止まりのタ

イプの人間である。

 娘が一生懸命に服を選んでいる側で、貴子はふと遠い昔の出来事

思い出していた。

 貴子が芳江に関心を持ち始めたのは、今年の新入社員の歓迎会か

らであった。それまではとりわけ芳江に関心を持つということはな

かったが、 華やかな歓迎会の席に芳江が黒い服で現れたからであ

る。

 今の時代、黒い服は街着としても真夏であっても珍しくもなんと

もない。がしかし、芳江の地味な顔立ちのせいなのか、おとなしい

性格のせいなのか、それとも洋服のデザインのせいなのか、芳江の

黒い服装はなんとなく喪中を連想させるものがあった。歓迎会の席

でも、芳江のいるそこだけが空気が違うように感じられたほどであ

る。それからというもの、機会があるたびに貴子は芳江の服装を注

意してみていた。

 普段は制服で通勤してくる芳江であったが、まれではあるが私服

で通勤してくる事がある。 そんなときは決まって黒い服を着てい

た。しかもやはり喪中を連想してしまうような服装であった。最近

では、貴子は芳江のそんな服装を 「いくら好みだからって、ホン

ト、センス悪いんだから・・・」 位になんとなく納得してしまっ

ていた。

 ある日のこと、貴子の興味を一気に膨らませる出来事が起きた。

つづく
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