黒の記憶 2
作:mi_min 作品の著作権はすべて書いた本人のものです。
「あ〜あ」

 貴子は朝目覚めると同時に大きなため息をついた。

今日は祖母の3回忌の法要がある。それだけでもため息が出るほど

鬱なのに、何といっても今日は口うるさい叔父や叔母が全員集ま

る。しかもその席に貴子も参列しなければならない。という事は、

叔父や叔母に何だかんだと言われるのは分かりきっていた。それが

貴子に大きなため息をつかせた原因である。せっかくの休みなのに

朝寝坊する事もできずに、貴子はのろのろと起きだした。

 ただでさえ憂鬱な日なのに外は小雨が降りだしていた。

退屈なお経もやっと終わり、しびれが残る足を気にしながらお参り

の為に墓所まで来た時である。貴子は信じられない様な光景をみ

て、目を丸くしたした。芳江である。

 芳江はいつものように黒い服を着て墓参りをしていた。それは場

所が場所だけに別段驚く事ではなかったが、何んとあの芳江が男の

人と一緒ではないか。しかも、墓参りをする芳江に男の人が傘をさ

しかけていて、二人はとても仲睦まじく見えた。

「あの芳江が・・・」

地味で目立つ存在でもなく、いままでも浮いたうわさなど一度もな

かったあの芳江が、 男の人と一緒だというその事だけでも貴子に

とっては大事件なのに、貴子の存在に気づくことなくそばを通り過

ぎていく二人を見て、貴子はまたまた驚いてしまった。何と芳江と

一緒だったのは上司の飯島であったからである。普段、職場での二

人は何となくよそよそしさを感じさせる雰囲気があったので 

「なぜ?・・どうして?・・・」貴子の興味は一気に膨らんだ。

それからはもう、貴子の頭の中は芳江と飯島のことが渦をまいてい

て、口うるさい親戚のお小言も、いつもは嫌う母親の手伝いも全て

上の空だった。

 ありとあらゆる想像が貴子の頭の中を駆け巡っていた。

 芳江は独身である。しかもこれまで浮いた噂も一切なかった。

たしか身寄りもなく天涯孤独のはずである。そして飯島の方はと言

えば、何年か前に奥さんを亡くして、子供も2人いるはずであった。

まず貴子の頭によぎったのは 「付き合っているの?」 という疑

問であったが、すぐに「まっさか〜」とその疑問を打ち消した。

 と言うのも、会社で見る限り二人の間には何の接点もなかったか

らである。しかも仕事の話をしている時には、お互いに敬遠してい

るのではないかと思うほどよそよそしい態度であった。人前だけの

芝居をしていると思う事もできるが、今まで知った限りでは不器用

な芳江にはそんなことは出来そうも無いことであった。

あのお墓参りの日以来、貴子は二人を注意深く観察していたが、や

はり状況は何も変わらなかった。

 とうとうシビレをきらした貴子は、それとなく会社の同僚に聞い

てみることにした。若い社員は何も知らない様だったが、古くから

いる社員は何となく言葉を濁して話してはくれなかった。それでも

しつこく聞きまわる貴子に、やっと一人、年配の社員が重い口を開

いてくれた。

 飯島の亡くなった奥さんは芳江のたった一人の姉であった。幼い

頃に両親を亡くしていたので、芳江はその姉に育てられたと言って

も過言ではない。姉は中学を出るとすぐに働きはじめ、姉妹二人の

生活費を稼いでいた。せめて芳江だけには高校を卒業させたいと、

昼間は会社勤めをし、夜は夜で内職をしながらも生活を切り詰めて

芳江の学費を出してくれた。遊びたい盛りに化粧をするでもなく、

ただただ生活の為に働くのみであった。

 そんな姉を見初めて結婚したのが飯島である。高校を卒業した芳

江をこの会社に就職させたのも飯島の力が働いていた。当時の二人

は、実の兄妹と言っても良いほど仲がよかった。飯島と話をしなが

ら、芳江はよく笑い転げていたものである。

 それが今から10年ほど前、取引先の会社が倒産をしてしまい、

その影響を受けてこの会社もあわや倒産かという状態に陥ってし

まった。その当時経理を担当していた飯島は、それこそ夜も寝ない

で会社の為に飛び回っていた。何とか会社の建て直しに見通しがつ

いてきたときのことである。芳江の姉がちょっと子供から目を放し

た隙に、2歳になる長男が階段から転げ落ち首の骨を折って事故死

してしまった。女の子2人の後の長男誕生に、手放しで親バカ振り

を発揮していた飯島だっただけに、その落胆振りは傍からみていて

も気の毒なくらいだった。

 それからというもの、飯島は悲しさを紛らわすかのように以前に

も増して仕事に打ち込んでいった。結果、自然家からも足が遠のい

ていったのである。

 かわいそうなのは芳江の姉であった。子供を亡くした悲しさをど

うにも解消できず、夫もほとんど家に帰ってこない。次第に、夫が

家に帰ってこないのは自分の不注意で子供を死なせてしまったから

で、夫は自分を許せないのだと思うようになっていった。自分を責

めに責め、一人殻の中に閉じこもるようになってしまった。芳江

は、姉の様子がおかしいと何度も飯島に言った。しかし思い過ごし

だといわれて取り合ってもらえなかった。正直なところそのころの

飯島は会社のことで手がいっぱいで、家庭を顧みる余裕がなかった

のである。

 芳江は、「姉を買い物にでも誘おう、そうすれば少しは姉の気持

ちも晴れるのではないか」と思い休みの日に飯島の家を訪れた。

 何度チャイムを鳴らしても応答がないので、勝手に家に入って待

つつもりで玄関の扉を開けた芳江の目に、血まみれになって横たわ

る姉の蒼白な顔が飛び込んできた。

 芳江は無我夢中で姉の名前を呼び続けたのだけは覚えているが、

後のことは何も覚えていなかった。警察では、その日上の子供たち

を夫の実家に泊りに行かせているし、子供が事故死した階段の下で

死んでいたので、覚悟の上の自殺だと断定した。

つづく
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