黒の記憶 3
作:mi_min 作品の著作権はすべて書いた本人のものです。
「芳江ちゃんがいつまでも黒い服を着ているのは、ありゃきっと飯

島さんに無言で抗議しているのさね。俺の考えだけどね。前はあん

なに仲が良かったんだけどねぇ。それに明るくて良く笑う子だった

のに・・・」年配の同僚はそう言って席を立っていった。

 翌日の昼休みに、貴子はニヤニヤしながら芳江をつかまえてこう

言った。

「聞いちゃった!芳江さんのヒ・ミ・ツ」 

何事かと目を丸くしている芳江に向かって、貴子は好奇心丸出しで

話し始めた。飯島に対して抗議のために黒い服をいつまでも着てい

るのは馬鹿だとか、よそよそしい態度で接しているのは同僚として

嫌な感じだとか、そこは社会経験の少ない貴子のことである。芳江

の感情などはお構いなしに面白半分にまくし立てた。そして、芳江

の表情が暗く沈んでいったのにも気がつかなかった。

 そんなことがあってから1ヵ月程過ぎた月曜日、あの真面目な芳

江が無断欠勤をした。普段からあまり休みを取らず、忙しいときに

は日曜日でさえ仕事に出てきていた芳江の無断欠勤にみんな驚いて

はいたが、 「たまにはそんな事もあるさ」とあまり関心も寄せな

かった。しかしその無断欠勤が3日も続くと、さすがに不審に思い

始めた。

 芳江のアパートは会社から歩いて15分程のところにある。心配

した飯島が様子を見に行くことになった。もちろん好奇心の塊であ

る貴子も付いていくことにした。

 アパートの管理人さんに鍵を開けてもらって中に入った二人は、

芳江らしくきちんと片付いている部屋を見渡し、変わりがないこと

に安心した様子で閉められていた奥のふすまを開けるなり、驚いて

その場に立ちすくんでしまった。布団の中の青白い芳江の顔が目に

飛び込んできたからである。一目で死んでいることがわかった。そ

してその枕元には、空になった睡眠薬の瓶が転がっていた。

 後になって、貴子は芳江がなぜ黒い服ばかりを着ていたのか飯島

から理由を聞かされた。

 黒い服はすべて芳江の姉の形見であり、芳江と妻は服のサイズが

同じだったので捨てるのにはもったいないと芳江が貰い受けたもの

であった。黒い服ばかりになってしまったのは、妻が好んで黒い服

を着ていたからだとも言った。

 姉を亡くして気落ちしている芳江に、早く良い人が現れて結婚し

てくれたら前のように明るい芳江に戻ってくれるのではないか、そ

れには一人身になった義兄の自分がいつも側にいるのでは妨げにな

るのではないかと思い、極力芳江と距離をおくようにしていたとも

言った。そのことがはた目から見るとよそよそしくしている様に見

えていたのである。

 貴子は自分の思い込みだけで芳江にまくし立てて言ってしまった

事を後悔した。そして芳江が死んだ理由は自分が言った言葉に傷つ

いた事が原因ではなかったかと柄にもなく自分を責めた。

 たしかに貴子に言われたことは芳江に大きなショックを与えた。

そのせいで眠れなくなってしまったのも事実である。真面目な性格

が災いして、貴子に言われたことに対して真剣に悩んでしまったの

である。

 芳江は、自分に黒い服が似合わないことは百も承知していた。そ

れでも尚、黒い服を着ていたのは飯島に姉のことを忘れてほしくな

かったからである。幼いころから悲しいときも嬉しいときも姉がそ

ばにいてくれた。思い出のすべてが姉と一緒にあった。姉が死んだ

ときは芳江も一緒に死にたかった。それを思いとどまらせたのは残

された二人の子供たちである。

『姉が一番心残りだったのは子供たちのことだったであろう』

という思いで、一生懸命にできる限りの世話をしてきた。

 それともう一つ、芳江にはどうしても姉の自殺が納得できなかっ

た。

 確かに姉はノイローゼに近い症状だったと思う。しかし、子供の

頃からずっと苦労をしてきた姉である。どんなに辛い時でも 

「芳江ちゃんがいるから頑張れるのよ」

と、いつも笑顔で言っていたその姉が、

『たとえ子供を一人亡くしてしまったとしても、残された子供が二

人もいるのにその子供達を放りだして自殺などするはずがない』

と芳江は思っていた。現に、自分の殻に閉じこもるようになってし

まっていても、子供達のことだけはきちんと世話をしていた。姉と

二人だけで子供時代を過ごしてきた芳江は、姉のおとなしくて物静

かな中にも確固としてある芯の強さを良く知っていた。

 芳江は飯島にも何度となくその話をしていた。しかし飯島には相

手にしてもらえなかった。

 そんなこともあって芳江はなおさらの事飯島に会う機会がある度

に意識して姉の服を身につけていた。

つづく
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