物 語
作:mi_min 作品の著作権はすべて書いた本人のものです。
遠い昔・・・

戦(いくさ)が 何日も何日も続いていた頃のお話です。戦に破

れ傷ついた一人の若者が、国へ帰る途中にとうとう動けなくなっ

てしまいました。

「もはやこれまでか・・・。」・・と 覚悟を決めた若者は、意

識が遠のいていくのを感じておりました。

頬に何か触るものを感じて、若者がふと目をさますと、若い娘が

自分を覗き込むように見つめているではありませんか。驚いた若

者が周りを見回すと、そこはどうやら娘の家のようでした。

貧しい娘は、自分の分の食事を若者に与え、忙しい仕事の合間に

薬草を探しに行き、夜もほとんど眠らずに若者を介抱しました。

その甲斐あってしばらくすると、若者はすっかり元気になりまし

た。もう自分の国に帰らなくてはなりません。

名残惜しそうにしている娘に、必ずまた会いに来ることを約束し

て、若者は国へ帰っていきました。

国に帰った若者は、病で倒れてしまった父親の代わりに、国を治

めていかなければなりませんでした。若者は。戦に破れた後始末

と国を立て直すことに、必死になりました。時と場所は違ってい

ても、戦とおなじでした。国のため、民のために、しなければな

らない事が山のようにあって自分の自由などまったくありません

でした。

そんな中でも若者は、自分をやさしく介抱してくれた娘のことが

どうしても忘れることができません。

もう一度会いたい・・・ただ、娘に会いたい・・・という気持ち

だけがどんどん大きく膨らんでいくばかりでした。

そうこうしている内に、月日がどんどん過ぎていきました。


ある夜のことです。若者は不思議な夢を見ました。自分が龍になっ

て、夜空を自由自在に飛び回っている夢です。次の日もまたその次

の日も、若者は同じ夢をみました。その夢を見るようになってから

というもの、若者は朝目覚めると体中に力が満ちていることに気が

つきました。

たとえ夢の中だけだろうと 「自由になれた!」・・・という思い

が、若者をはつらつと元気にさせていたのです。夢は、すっかり若

者をとりこにしてしまいました。若者は、毎晩眠りにつくことが楽

しくて楽しくてしかたがありませんでした。起きているときも、今

夜はどこへ飛んでいこうか考えるようになりました。そして、とう

とう娘のところへ行こうと決心したのです。若者は、どうしても娘

に会いたい気持ちを、抑えることができませんでした。

やっと娘の家を探し当てた若者は、自分が龍の姿をしていることも

忘れて、窓からそっと娘の家を覗き込みました。娘はぐっすりと

眠っています。その安らかな娘の寝顔は、まるで天女のような美し

さでした。見ているだけで若者はとても幸せな気持ちになりまし

た。

くる日も、くる日も若者は龍になり、娘の寝顔を見にやってくるよ

うになりました。


若者が、娘の寝顔を見に来るようになったちょうど同じ頃、娘も不

思議な夢を見るようになりました。龍が、寝ている自分を覗き込ん

でいる夢です。娘には、なぜそんな夢をみるのかわかりませんでし

た。ただ毎晩のように見る龍の夢に、だんだん眠ることが恐ろしく

なってしまいました。でも、貧しい娘は働かなくてはなりません。

仕事で疲れている娘には、眠らないでいることはできませんでし

た。

娘が、毎晩見る龍の夢に慣れてきた頃、自分を見ている龍の目が、

とても優しいことに気がつきました。

そして似ていることに・・・・

以前、傷を負って弱っているところを、一生懸命介抱したあの若者

のことを、娘は一日も忘れたことはありませんでした。娘は若者の

名前も、住んでいるところも知りませんでした。でも 「必ずまた

会いに来る」といって国に帰っていったあの若者の言葉を信じて、

ずっと待ちつづけていたのです。龍の目は、あの恋しい若者の目に

どこか似ているように思いました。いつしか娘も、夢を・・龍が会

いに来てくれることを楽しみに待つようになりました。

ある晩のことです。若者は、夢の中でも龍の姿から元の姿に戻れる

ことに気がつきました。

若者は小躍りして喜びました。いつも、龍の姿を娘にみられるので

はないか・・もし龍の姿を見たら、娘は恐ろしくて逃げ出してしま

うのではないかと心配していたからです。若者は、娘の家の前に着

くと元の姿に戻り、いつものように娘の寝顔を見ようとしました。

その時です。ふと目が覚めた娘がなにげなく外に目を向けると、あ

の若者が・・・一日も忘れたことがないあの若者が家の前に立って

いたのです。

娘はおもわず外に飛び出していきました。

つづく
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